東京地方裁判所 昭和40年(ワ)895号 判決 1966年10月28日
原告 西山義三郎
右訴訟代理人弁護士 大島正恒
被告 株式会社千葉銀行
右訴訟代理人弁護士 村井右馬之丞
被告 東葛信用組合
右訴訟代理人弁護士 清水晶三
主文
原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一、当事者の求めた裁判
一、原告
(一) 被告らは原告に対し各自金一九万八、〇〇〇円及びこれに対する昭和三八年六月一日から支払ずみに至るまで年六分の割合による金員を支払え。
(二) 訴訟費用は被告らの負担とする。
(三) 仮報行の宣言。
二、被告ら。
主文同旨。
第二、原告の主旨
一、原告は請求原因として、次のとおり述べた。
(一) 訴外押元久雄は、振出日を昭和三八年五月三一日とし、(一)金額四万五、〇〇〇円、(二)金額一五万三、〇〇〇円、いずれも振出地松戸市松戸、支払人松戸市松戸東葛信用組合松戸支店と記載した持参人払式一般線引小切手各一通(以下本件(一)、(二)の各小切手といい、これを合わせて本件各小切手という)を振出し、原告はその所持人となったので、本件(一)の小切手を昭和三八年五月三一日に、本件(二)の小切手を同年六月六日に、いずれも訴外株式会社富士銀行四谷支店に取立委任のため交付し、同銀行は更に被告千葉銀行松戸支店に郵送によりその取立を委任し、被告銀行松戸支店は本件(一)の小切手を六月三日に、本件(二)の小切手を六月八日に各送達を受け、法定期間内である右各同日に被告組合松戸支店に支払の呈示をしたところこれを拒絶された。しかして、被告組合松戸支店は、本件各小切手に昭和三八年六月一三日の日付を付した支払拒絶の宣言を記載して被告銀行松戸支店に返還し、同銀行は同日これを株式会社富士銀行四谷支店に送付し、右銀行は同月一五日にこれが送付を受け、右銀行から原告はこれが返還を受けた。
(二) 原告は右のように、本件各小切手を法定期間内に呈示のため銀行に振込んだのであるが、被告組合松戸支店が呈示期間経過後の昭和三八年六月一三日付で支払拒絶宣言を小切手面に記載したため、原告は手続の欠缺により、右各小切手上の権利を失った。そこで、原告は利得償還請求訴訟を、訴外押元久雄を被告として、昭和三八年一二月三日に東京地方裁判所に提起したところ、利得の事実がないとして請求棄却の判決があったので、これに控訴し、<省略>これまた昭和三九年六月三〇日に排斥せられ、その判決が確定した。
(三) そうすると、被告組合松戸支店は故意又は過失により、本件各小切手に期間経過後の日付を記載して支払拒絶の宣言をなし、原告の右各小切手上の権利を失わしめ、また被告銀行松戸支店は故意又は過失により、被告組合松戸支店の各小切手上に記載した日付が期間経過後の日付であることを知りながら、これが事実を調査することを怠り、昭和三八年六月一三日にこれを株式会社富士銀行四谷支店に送付し、原告の右各小切手上の権利を侵害したものであって、従って原告は被告らに対し各自右合計金一九万八、〇〇〇円及びこれに対する振出の日の翌日である昭和三八年六月一日から完済まで年六分の割合による不法行為に基く損害賠償債権を有するものである<省略>。
二、被告らは、次のとおり主張した。
(一) 小切手の支払を拒まれた所持人が遡及権を行うかどうかは所持人の自由な意思によって決すべきものであり、また小切手の支払人の支払拒絶宣言は遡及権保全の一方法であって唯一の方法ではなく、いかなる遡及権保全の方法をとるかは、所持人の自由に選択すべきものであるから、支払人が所持人の要求がなくても、支払拒絶宣言を記載すべきであるという法律上の義務を負担するものではない。従って、被告組合松戸支店が本件各小切手につき支払拒絶宣言を記載しなかったことをもって、被告組合の故意、過失であるとする原告の主張は理由がない。また被告銀行松戸支店において、被告組合松戸支店の小切手上の記載日付が既に期間経過後の日付であるかどうかの事実調査の義務はなく、もとより被告銀行松戸支店において被告組合松戸支店に対し小切手の呈示期間の徒過につき積極的に注意すべき義務はなく、これらは実務上においてもこのような注意をなす余猶はない。従って、被告銀行松戸支店には原告主張のような故意又は過失がなく、右主張は理由がない。
(二) 小切手所持人の振出人に対する遡及権は、直ちにその額面金額の価値を有するものではなく、償還義務者が資力を有し、遡及権を行使したならば償還をうけ得たはずであるという状況でなければ、額面金額の価値を有しないものというべきである。本件小切手の振出人である訴外押元久雄は本件各小切手振出当時、被告組合松戸支店には僅か金八六〇円の預金残高しかなく、また右訴外人は本件各小切手振出前後において多数の不渡小切手を出していた現状であった。従って、原告が右遡及権を失った当時、その権利は財産的価値がなく、結局原告は損害を受けなかったものというべきである。
(三) 原告が本件各小切手の所持人として、小切手金請求ないし利得償還請求ができなかったとしても、原告においてはなお本件各小切手が授受されたその原因関係に基く、普通の債権として、その請求権を有するものと考えられるので、原告にはいまだ損害の発生はないものというべきである。
第四、証拠<省略>
理由
一、原告主張の請求原因(一)、(二)の各事実は、いずれも当事者間に争がない。
二、そこで、原告主張の被告らの係員の行為の点は暫く措き、まず原告が本件各小切手の遡及権を失ったことによって損害を蒙むったかどうかについて検討する。蓋し、小切手所持人の振出人に対する遡及権は、その振出人において資力があり、遡及権を行使したならば、償還を受け得た状態になければ、その額面金額の財産的価値を有したものとはいい難く、結局所持人はその権利の消滅によって損害を受けたものとは認め難いからである。<省略>を総合すると、本件(一)の小切手は、原告が無尽の落札金の一部として交付を受けたものであり、本件(二)の小切手は、原告が訴外草野、同奥田の依頼により右小切手と原告振出しの小切手とを交換して、交付を受けたものであるところ、本件各小切手の振出人である訴外押元久雄は被告組合松戸支店と昭和三八年四月一日に当座預金取引を開始したのであるが、本件各小切手を振出した昭和三八年五月三一日当時には、被告組合松戸支店に僅かに金八六〇円の預金があったにすぎないので、同支店係員は昭和三八年六月三日に右訴外人に至急入金するよう連絡し、これを待っていたのであるが、右訴外人は同日に他にも小切手の不渡りを出し、しかも事業に失敗したため、昭和三八年五、六月頃には他からの借財が約金一、三〇〇万円に達しており、その後も小切手の不渡りを続け、昭和三八年六月一七日には当座取引は解約されるに至ったものであって、資産もなく、到底これを支払うことができない有様であったことが認められ、<省略>そうすると、原告が本件各小切手の遡及権を失っても、その権利は財産的価値がなかったものと認定するの外なく、結局原告はその権利の消滅によって損害を蒙むったものということはできない(なお、念の為付言するに、訴外押元久雄はその後及び現在並びに将来においても、右遡及権を行使されたならば、これが償還をなし得る可能性があることを認めるに足りる証拠はない。)。従って、原告の本訴請求は、その他の点について判断するまでもなく、理由がないものといわなければならない。
三、よって、原告の本訴請求は、失当としてこれを棄却する<以下省略>。